小室哲哉といえば、ステージにずらりと並んだ大量のシンセサイザーに囲まれ、まるで戦闘機のコクピットに座るようなパフォーマンススタイルが印象的です。あのスタイルにはどんな意味があるのか——実はあれ、単なる「見栄え」や「パフォーマンス」だけが理由じゃないんです。2025年に開催されたPANDORAライブでの最新の機材構成と、小室哲哉自身がKORG公式インタビューで明かした「音の抜け」を重視する哲学をひもとくと、彼がなぜあれほど多くのシンセサイザーを使い分けるのか、その真実が見えてきます。
小室哲哉のシンセサイザー使用に関する「3つの説」を検証する
小室哲哉のシンセサイザーを取り巻くステージングについては、長年にわたっていくつかの「噂」や「説」がファンの間やネット上で語られてきました。まずはそれらを整理し、どこまでが真実なのかを2025年の最新の情報も交えながら検証していきましょう。
説①「パフォーマンス説」:見栄えを良くするためだけで、実際に全部は使っていない?
Yahoo!知恵袋などでは、「あんなにたくさん並べているけど、実際に使っているのは2〜3台だけなんじゃないか」という疑問が繰り返し投稿されています。確かにあの圧巻のビジュアルは、ステージ演出としての効果を狙っている側面は否定できません。
しかし2025年2月28日に開催されたPANDORAライブ「PANDORA LIVE 2025 -OPEN THE BOX-」では、小室哲哉と浅倉大介がKORG PS-3300復刻版を世界で初めて2台同時使用しました。さらに小室哲哉はnanoPAD2にソフトシンセ30音分を読み込んで使用しており、ステージ上のすべての機材が実際に機能していることがKORG公式インタビュー(2025年5月23日公開)で明らかになっています。見栄えの要素を完全に否定はしませんが、すべての機材に実用的な役割があるというのが正確なところでしょう。
説②「宣伝説」:メーカーとの契約で、使っていないシンセを置いている?
ヤマハのシンセサイザーDX7の販促活動において、小室哲哉は1980年代から2001年までメインキャラクターを務め、EOSシリーズの企画・開発・広告宣伝にも参画していました。ヤマハ公式サイトでは「小室哲哉氏は日本市場におけるシンセサイザー普及の最大の功労者」と明言されています。この時代のステージには、宣伝的な意図があったことは事実でしょう。
ただしこれは過去の話です。現在の小室哲哉は特定メーカーに縛られず、KORG、Roland、さらにはソフトシンセなどを自由に組み合わせて使用しています。ヤマハ契約時代の「宣伝説」を現在の小室哲哉にそのまま当てはめるのは適切ではありません。
説③「音色分け説」:曲中で音色を切り替える手間を省くために、音色ごとにシンセを割り振っている?
この説はキーボーディストの一般的なセッティング論としても知られており、小室哲哉のスタイルにも当てはまる部分が大きいでしょう。即興演奏が多い小室哲哉だからこそ、複数台のシンセが即座に呼び出せる状態にあることはパフォーマンスの質に直結します。
ただし小室哲哉のこだわりは「音色分け」という機能面だけにとどまりません。彼が最も重視しているのは「音の抜け」という概念です。
小室哲哉がシンセサイザーに求める「音の抜け」とは何か
KORG公式インタビューの中で、小室哲哉はシンセサイザー選びの基準についてこう語っています。
実機、ソフトに関わらず、音の抜けというか…いくら重ねても、VCOが何層になっていても他の楽器やシステムの中に埋もれてしまう音のシンセサイザーは選ばない
この「音の抜け」という考え方は、小室哲哉のシンセサイザー哲学の核心です。彼は単に音色のバリエーションを増やすためではなく、「他の楽器に埋もれない音」を厳選するために、複数のシンセサイザーを使い分けています。
多くのシンセサイザーは重ねれば重ねるほど音が濁り、楽曲の中で埋もれてしまいます。しかし小室哲哉は「いくら重ねても埋もれない音」のシンセサイザーだけを選び、それらを組み合わせることでクリアで存在感のあるサウンドを作り出しているのです。これは単なる機材マニアのコレクションではなく、プロデューサーとしての明確な音作りの戦略と言えるでしょう。
2025年PANDORAライブで見えた最新のシンセサイザー活用術
2025年のPANDORAライブでは、小室哲哉のシンセサイザー哲学がさらに進化した形で披露されました。
KORG PS-3300復刻版の導入が示すもの
KORG PS-3300は、1970年代に発売された伝説的なアナログシンセサイザーの復刻版です。小室哲哉と浅倉大介がこのPS-3300を2台同時に使用したことは、シンセサイザーファンの間で大きな話題となりました。
小室哲哉はKORGのインタビューで、自身がデビュー前に初めて購入したシンセサイザーがKORG Polysixだったことも明かしています。そしてPANDORAライブでは、そのPolysixをマスターキーボードとして使用しつつ、nanoPAD2でソフトシンセを駆動させるという、ハードとソフトを融合させたスタイルを実践しました。
このように小室哲哉は、過去の名機から最新のデジタル機材までをシームレスに組み合わせ、あくまでも「音の抜け」という自分の基準に従って機材を選択し続けているのです。
TM NETWORK展覧会で実機に触れる機会も
銀座ソニーパークで開催されたTM NETWORK展覧会「TM METWORK 2025 IP」では、小室哲哉が所有する実機のシンセサイザーが、最新ツアーと同じレイアウトで展示され、一般来場者が実際に触れることができました。小室本人がプログラミング修正まで指示していたというエピソードもあり、彼のシンセサイザーへのこだわりはライブステージだけでなく展示に至るまで徹底していることがうかがえます。
シンセサイザーを囲む「コクピットスタイル」に込められた本当の意図
ここまでの検証を踏まえると、小室哲哉が大量のシンセサイザーを囲むスタイルの真意が見えてきます。
第一に、即興性への対応です。小室哲哉のライブではその場のアドリブやアレンジの変更が頻繁に行われます。複数のシンセサイザーを呼び出し可能な状態にしておくことで、瞬時に音色を切り替え、柔軟なパフォーマンスを実現しています。
第二に、「音の抜け」という哲学に基づく音質の選別です。機材をただ数多く並べるのではなく、「他の楽器に埋もれない音」を持つシンセサイザーを厳選して配置しています。これはプロデューサーとしての耳と経験に裏打ちされた、非常に実践的な判断です。
第三に、音楽史を体現するショーケースとしての意味もあります。ヤマハDX7やEOSシリーズ、Rolandの名機、そしてKORG PS-3300——それらは小室哲哉自身が歩んできた日本の音楽シーンの歴史そのものです。それらをステージ上に並べることは、彼の音楽キャリアを視覚的に表現する意味も持っているでしょう。
小室哲哉とシンセサイザー史——ヤマハDX7からKORG PS-3300復刻版まで
小室哲哉のキャリアをシンセサイザーとともに振り返ると、彼が単なる「ユーザー」ではなく、日本のシンセサイザー文化そのものを牽引してきた存在だということがわかります。
ヤマハ公式サイトでは、シンセサイザーDX7の販促活動において小室哲哉が「日本市場におけるシンセサイザー普及の最大の功労者」と評価されています。彼は単に機材を使うだけでなく、EOSシリーズの企画・開発にも参画し、シンセサイザーの普及に大きく貢献しました。
そして2025年、小室哲哉は最新のPANDORAライブでKORG PS-3300復刻版を世界初の2台同時使用という形でステージに登場させました。1970年代の伝説的名機が、2025年に小室哲哉の手によって現代の音楽シーンに蘇ったのです。
このように小室哲哉のシンセサイザー歴は、まさに日本のシンセサイザー史と重なっています。彼のステージ上の機材構成は、過去から現在に至るまでのシンセサイザーの進化を体現する生きた博物館のようなものなのです。
まとめ:小室哲哉のシンセサイザーは「音の抜け」を追求した戦略的選択
小室哲哉のシンセサイザーを囲むスタイルは、単なるパフォーマンスや宣伝目的ではありませんでした。その真実は「音の抜け」という彼独自の哲学と、即興性を重視した実践的な機材運用にありました。
2025年のPANDORAライブではKORG PS-3300復刻版の世界初2台同時使用が実現し、彼のシンセサイザー哲学の最新形が披露されました。また、TM NETWORK展覧会では実機に触れる機会が一般来場者にも提供され、小室哲哉の機材へのこだわりがより多くの人々に共有される場となりました。
ヤマハDX7から始まり、EOSシリーズ、そしてKORG PS-3300復刻版へ——小室哲哉が歩んできた道のりは、日本のシンセサイザー史そのものです。彼のステージ上の機材構成を見るとき、そこには単なる「機材の多さ」ではなく、「音の抜け」を追求する音楽プロデューサーとしての確固たる哲学と、日本のポップス史を共に歩んできた証が詰まっているのです。

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